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困った山田

マジやばくね

三浪仮面の失敗歴

入学したばかりだが今日また大きな失敗をしてしまった

何回目だろうか………記憶を一度振り返ってみようと思う

難関でもなんでもないやさしめの国立狙ってるのに三回も落ちているこの理由を振り返る

 

小学校では成績優秀だった

高学年で塾に通いはじめた

この塾はそんなに苦ではなかった

中学生で別の塾に通いはじめた、恐らくここがはじめの失敗になる

英語と数学を習いにいった、英語がすごく厳しかった、学校の教科書ガイドを買い、毎週学校のペースに合わせて単語と英語を丸暗記した。これがきつかった、教科書四ページくらいにそこの単語、毎週テストしてできないと居残り、他は問題集をたくさんやった。

居残りは一時間になることもあった。

数学は普通に問題解くだけだった。

おかげで英語の成績はよかった。かわりにすごいストレスだった。数学はとくにストレスはなかった。これが三年続いた。

 

高校受験で志望校を選ぶことになった。公立は自称進学校かバカ学校しかなかった。

自称進学校はいけるか微妙だった。私の親が「仲の良い友達が自称進学校にいく」と言ったのでそれを信じて自称進学校を受けなんとか受かった。だけど仲の良い友達に聞いたら、その友達も親に私が自称進学校にいくって聞いたらしい。

要するに親の意向に乗せられたのだ、バカ学校には行って欲しくなかったのだろう。

ここから勉強が嫌になった、理由はあの塾だ。学校の授業についていけなくなって塾に行けと言われたが断った。ホントにあんな苦痛はもう嫌だと思った。あと自称進学校は大学に行けるようにしてくれてると思っていた。そして結局現役は落ちた。

 

 

自称進学校はただ無駄に課題を出してるだけでまるであの塾みたいだと思ったのは一浪の夏あたりだ。予備校に行って世界の違いを感じた。予備校では最難関大学担当の先生の授業が受けれた。今までの先生はなんだったのかと思うほど楽しく本気で教えてくれた。

 

 

この頃思い始めた。高校で塾に行ってれば変われたかもしれない、中学生の時に塾は間違いだった、そして当然高校で勉強すればよかった………

 

失敗は成功のもと、というが余りに失敗しすぎると成功までたどり着けなくなる

結局一浪でも自分で勉強ができずに落ちた

 

二浪目は予備校は週一くらいでバイトすることになった。親が金がないと言うのでそうした。

バイトはセルフスタンドになった、セルフだから楽と思ったが、車整備の販売と作業の補助みたいな内容だった。具体的には接客で整備をもちかけてタイヤやオイルや洗車などを販売した。浪人というのがあまり理解されず残業やサービス出勤などをたくさんやらされた、これも苦痛だった。サービス出勤なんて違法だろ…。こんなことをしていて結局勉強できず落ちた。もちろん自分のミスだ。すぐにやめるべきだった。

センターで国立は無理だとわかったが親が限界だと言った、もう私立でもいいと、もともと二浪までという約束だった。

三浪したいと言ったがダメだと言われた、もはや信用は無くなってしまった。

 

 

塾の失敗、高校の失敗、勉強の失敗、バイトの失敗、これだけすると自分が悪いとわかっていても、まわりも悪いと思いたくなる。

 

そして今日の失敗。

新歓に行ってしまった、知り合いの3年が二人くらいいるのはわかっていたが会わないだろうと思い行ったら会ってしまった………

サークルも入る気はないのはわかっていたのだから行かなければ良かった

友達が欲しかったのかもしれない…けど年齢はひた隠しにしてるのだからバレる可能性があるならいくべきではなかった………

 

 

まだ失敗するのか、ホントに自分に嫌気がさす

 

(バレた人は悪い人じゃないけど、もし広まればさらに行きずらくなる…)

締めの言葉がでない、クズの文章で申し訳ない

 

 

学費が高い

過去の過ちから二年遅れでの大学生活。

しかしそこは私立、学費は莫大。

いったい1日いくらなのかと思い、年間の学費を365で割ってみた。

1日約3300円

高い、田舎のバイトで良くて時給850円だとすると毎日四時間してようやく払える額。

いったい他の大学生はどうしているのかわからない。

奨学金7万以上は5%っていう数年前の学生なんとか機構のデータからして、私はそこなのか…と絶望している。

勉強しなかった罰ですね。

 

働きたくない

いかに働かずに生活を充実させるか

楽して暮らすのが人の本能である、がしかしどうも今の社会ではそれが悪者扱いされている。これは勘違いから生じている、例えばニートなどがそれだ、もっとも安易なのは親に養ってもらうことだ。ところがおそらくここで2種類のニートにわかれるだろう、というのもニートで一生を暮らせるのはごく一部の人だろう他のひとは遅からず将来を考えるだろう。そこで、頭を使いなんとか自力の生活をする者と、そんなことは知らんとなにも考えなくなる者にわかれる。

前者は悪者だろうか?例えとしてニートをだしたがこれはほとんど誰しもが通る道だろう。前者を責めることが出来るだろうか?むしろ学習と教育が遅れたことを親は反省すべきだろう。だが、誰しもが同じわけはない、個人差というのは避けられないものであるのでそこも親などが理解する必要がある。

後者はどうか?これは自分の未来をみていないかもしくは未来などはどうだっていいのだろう。しかし生物として生きることを望まないのは不幸であろう。生きていれば幸福が得られるとは言わないが人類は極力不幸を減らす努力をしてきたので少なくとも日本では命に関わる不幸はほとんどない。これは相対的にだが幸福と言えるのではないか。仮に死を望むならばその後幸福になれるかは現在ではわからないこれが結論である。これが人が幸福を求めた結果だ。ゆえにそれを利用するのは現代人の特権と言えるだろう。この特権を使うには生きるしかない。その術を教育で教えるべきだろう。そう、後者は知らないだけだ。それを考えると無知と言うのはあまり良いことではないようだ。

では無知でなくなるにはどうすればいいのか、これは簡単だろう。学習である。人は幸福のために学習してきたのだ。そしてその続きを子供に託してきた。そしてその多くが苦しみという不幸から逃れるためのものだ。それは始めにいった楽に暮らすことでもある。空腹よりも満腹になりたい、寒いときは暖まりたい、死ぬよりも生きたい。このようなことを人は繋ぎ続け数を増やした。こんなことができたのは知能を高めていったからだろう。よって知能を高め楽で充実した生活を送ることは悪いことは1つもない。むしろ良いことであろう。

あー働きたくないな

無料じゃうまくは稼げない

広告報酬でやろうと思ったけどお金かかるからこれにした、あと書くことない、膝がめっちゃ痛くて困ってる